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宝泉寺

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宝泉寺 宝泉寺 宝泉寺 宝泉寺 宝泉寺

永代使用料?

200,000より


寺院墓地臨済宗ぷらん有

お問合せ番号:KNG1001034C

宝泉寺

神奈川県小田原市風祭918


宝泉寺

ご案内は

株式会社 港石材

神奈川県横浜市西区境之谷83-7  村井ビル1F

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小田原 の 臨済宗大徳寺派の寺院

宝泉寺の由来
宝泉寺は正式には「臨済宗大徳寺派 永禄山 宝泉寺」といいます。 臨済宗は曹洞宗・黄檗宗とならぶ禅宗の一派であり、禅宗とは座禅を修行することによって仏教の祖であるお釈迦さまと同じお悟りの体験を得ようとする宗派です。
本山は京都の大徳寺です。
臨済宗の総本山というのは無いので、臨済宗のお寺はそれぞれの本山にしたがって臨済宗大徳寺派というに派をつけて称します。
宝泉寺は永禄元年(一五五八年)に「北条時長公」によって創建されたので、寺の山号をその時の元号から取って「永禄山」といいます。
「北条時長公」は小田原北条氏の一族であろう言われていましたが、北条家の系図に載っていなかってため長年迷の人物をされていました。
しかし近年の研究で横浜・小机にあった北条氏の出城(小机城)の城主「三郎殿」が「北条時長公」であることが判りました。
「三郎殿」は小田原市久野に屋敷を構えていた「北条幻庵」の息子で「幻庵」は「北条早雲」の息子(三男)ですから、 宝泉寺は「北条早雲」の(外)孫に建てられた寺ということになります。
創建に第一世住職(閉山)として「大室宗碩和尚」を迎えました。
大宝和尚は湯本・早雲寺の第二世住職ですから、早雲寺と宝泉寺は兄弟のような間柄で、大徳寺派お寺の中でも一番近い親し関係にあります。
豊臣秀吉が石垣山に一夜を作り小田原北条氏を攻めた時、宝泉寺は焼き討ちにあって建物やほとんどの寺宝も焼失してしまいました。
わずかに宝泉寺の「寺領図」と北条家の「虎の印判状」の二点が焼失を免れ、小田原市の文化財に指定されています。
第三世の「菊径和尚」によって宝泉寺は再建されましたが、江戸時代は住職がいない時期もあり寺は荒れていたこともあったようです。
江戸時代の終わり頃「仁渓和尚」によって現在の建物が再建され今日に至っています。
当時は寺の山や領地をたくさん持っていたので、建材は全て自分の山でまかなったと言われています。
選び拔かれた材料でしっかりとした造りであったので関東大震災の難にも耐え、約百五十年経った今でも禅宗寺院らしい趣を残しています。
  • 株式会社 港石材 の田村がご案内致します。

    宝泉寺のポイントは
    • 臨済宗大徳寺派のかた
    • 入檀 : 必要 (入檀料 10万円)
    • 永代供養塔あり
    • 駐車場、休憩所、水道・トイレ施設あり
    です。
  • 宝泉寺 で「お墓を建てる」ことをご検討の方は 無料でお見積りいたします。

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  • 株式会社 港石材は、お墓選びドットコム認定石材店です。

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宝泉寺の基本情報

 

宝泉寺


永代使用料

200,000より

お問合せ番号KNG1001034C
名称宝泉寺
ほうせんじ
所在地250-0032 神奈川県小田原市風祭918
霊園区分
  • 公営墓地
  • 民間霊園
  • 寺院墓地
  • 共同墓地
宗旨宗派臨済宗
開園年1558年
区画数-区画
永代供養墓
  • 永代供養塔
管理者宗教法人 寳泉寺
設備

宝泉寺の区画・価格情報

一般墓地

一般的な、墓石を建て代々継承してゆくお墓です。

樹木葬

樹木や花々を墓標として埋葬するお墓です。

永代供養墓(個別壺)

永代に渡り墓地管理者が供養と管理を行うお墓です。

永代供養墓(合祀埋葬)

永代に渡り墓地管理者が供養と管理を行うお墓です。

区画名区画面積区画サイズ永代使用料管理費
一般墓所1.0㎡間口90cm × 奥行90cm¥200,000¥5,000
一般墓所2.0㎡間口90cm × 奥行180cm¥400,000¥5,000
一般墓所3.5㎡間口150cm × 奥行180cm¥700,000¥5,000

交通アクセス

宝泉寺への交通手段

電車でお越しの場合

小田急線「風祭駅」より徒歩で約3分

バスでお越しの場合

「風祭」バス停下車徒歩3分

お車でお越しの場合

西湘バイパス「箱根IC」よ車で約1分

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